大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成8年(ネ)1131号 判決

控訴人

株式会社カナリーシーフーズ

右代表者代表取締役

村山成二

右訴訟代理人弁護士

長門博之

被控訴人

長村吉次

右訴訟代理人弁護士

腰岡實

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の動産を引渡せ。

2  右引渡しの強制執行が効を奏しないときは、被控訴人は、控訴人に対し、金六六八八万二四七〇円を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

(主位的)

1 原判決を取り消す。

2 主文第一1項同旨

3 右引渡しの強制執行が効を奏しないときは、被控訴人は、控訴人に対し、金六六八八万二四七〇円及びこれに対する平成五年二月二四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 主文第二項同旨

5 仮執行宣言

(予備的)

1 原判決中、控訴人の予備的請求を棄却した部分を取り消す。

2 被控訴人と訴外マルエム水産こと薮内俊司との間の平成五年二月二四日付け代物弁済契約を取り消す。

3 主位的控訴の趣旨2ないし5項同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の冷凍蛸(以下「本件蛸」という。)は、控訴人が第三者より仕入れて、所有していたものである。

2  控訴人は、本件蛸を訴外マルエム水産こと薮内俊司(以下「薮内」という。)の名義で株式会社横浜冷凍(以下「横浜冷凍」という。)長崎工場に寄託していた。

3  被控訴人は、平成五年二月二四日ごろ、横浜冷凍長崎工場における本件蛸の寄託者を被控訴人名義にして、本件蛸を占有している。

4  仮に、本件蛸が薮内の所有であるとしても、

(一) 薮内は、平成五年二月二四日、被控訴人との間で、被控訴人が、薮内に対し有していた債権の弁済に代えて本件蛸の所有権を移転する旨の代物弁済契約を締結して、指図による占有移転の方法によりその占有を移転した。

(二) 控訴人は薮内に対する債権者であるところ、薮内は、右当時及び現在において、本件蛸の他に、みるべき財産を有していない。

(三) 薮内は、右代物弁済契約締結の際、本件蛸を被控訴人に譲渡することが、控訴人を害することを知っていた。

5  本件蛸の価値は、六六八八万二四七〇円を下らない。

6  よって、控訴人は、被控訴人に対し、主位的には、本件蛸の所有権に基づき、本件蛸の引渡し及びその引渡しの強制執行が効を奏しないときは、本件蛸の時価相当の代償金及びこれに対する平成五年二月二四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、詐害行為取消権に基づいて、前記代物弁済契約を取り消して、右同旨の本件蛸の引渡し又は代償金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は不知。同2の事実は否認する。同3の事実は認める。同4のうち、平成五年二月二四日薮内が被控訴人に対し指図による占有移転の方法により、本件蛸の占有を移転したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

仮に請求原因1の事実が認められるとしても、

1  控訴人は、薮内に対し、平成四年一二月ごろ、本件蛸を売却する旨の契約を締結し、そのころ、本件蛸を引き渡した。

2  仮に右売買契約が認められないとしても、被控訴人は、以下の経過により、本件蛸を即時取得した。

(一) 薮内は、その名義で、本件蛸を、横浜冷凍長崎工場に寄託していた。

(二) 被控訴人は、薮内に対し、平成二年七月二四日に五〇〇〇万円を、同月二五日に一〇〇〇万円を、それぞれ貸し渡し、その弁済期は、最終的に、平成五年二月二八日と合意された。

(三) 被控訴人は、薮内との間で、平成五年二月二四日、右貸金に基づく薮内の債務を担保するため、本件蛸を譲渡担保に供する旨の譲渡担保設定契約を締結し(以下「本件譲渡担保設定契約」という。)、同日、指図による占有移転の方法により、本件蛸の引渡しを受けた。

(四) 被控訴人は、右同月二八日、薮内との間で、前記(二)の債務の弁済に代えて、被控訴人が本件蛸の所有権を確定的に取得し、清算金の支払をしない旨の合意をした。

四  抗弁に対する認否

否認する。

五  再抗弁

1  被控訴人と薮内とは、本件譲渡担保設定契約を締結するに際し、そのような譲渡担保権を設定する意思がないのに、これがあるかのように仮装した。

2  被控訴人は、本件譲渡担保設定契約を締結するに際し、薮内が本件蛸の所有権を有していなかったことを知っていた。仮にそうでなくても、薮内は、手仕事でたこ焼き用の蛸を加工していたものであるところ、本件蛸は、大手商社でなければ数日で換金できない程大量であり、かつ、薮内としては、通常取り扱わず、その販売ルートを有しない大きさの蛸を含んでいたものであるのに、被控訴人は、薮内が本件蛸を取得した経過及びその価値を確認しないまま、本件譲渡担保設定契約を締結したものであるから、薮内が本件蛸の所有権を有すると信ずるにつき過失がある。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

証拠は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

二  成立に争いがない甲第五号証、乙第二号証、第三五号証の1、2、第三六号証、原審における控訴人代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第四号証、第六号証、第九号証の1ないし6、第一〇、第一一号証、当審における控訴人代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一四号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一、第四ないし第七号証、第八号証の1、2、第二三ないし第二五号証、第二七、第二八号証、第三二ないし第三四号証、添付の印鑑証明書は公文書であるから真正に成立したことが推定でき、これによりその余の部分は真正に成立したと推認される乙第二六号証、原審証人薮内俊司、同松原美津代、同釘山昭則の各証言、原審及び当審における控訴人代表者尋問の各結果、原審における被控訴人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

1  控訴人は、水産物の卸売、食品加工、販売等を目的とする会社である。控訴人の営業のひとつに、冷凍の生蛸を輸入商社から仕入れて冷蔵倉庫に保管し、これを加工業者や他の卸売業者に販売することがあり、控訴人は、右のような蛸の取扱業者では大手に数えられていた。

他方、薮内は、平成元年ごろから、マルエム水産の屋号で、蛸をボイルし、たこ焼き用にカットして、業者に卸す仕事をしていたが、途中から屋号を松原水産として同様の仕事を続けていた。松原水産の代表者は、薮内の内縁の妻の松原美津代であったが、実質的には、薮内と右松原との共同経営であった。

2  控訴人は、平成二年三月ごろから松原水産との間で、控訴人がたこ焼用の蛸を松原水産に現金で販売する取引を始めた。その後、右取引は一時的に中断したこともあったが、やがて、控訴人が、スーパー等向けのから揚げ用の蛸を、控訴人の得意先である他の業者や市場に販売するため、一旦、松原水産に原料の蛸を販売して、松原水産において、ボイル、カットなどの加工をしたものを、控訴人が再度買い取る取引も加わって、取引が継続していた。

なお、右の取引高は、松原水産が販売する分が、一か月一トンないし一〇トン、控訴人が松原水産から買い戻す分が一か月五トン程度であり、現実にも、平成五年一月から二月にかけて控訴人が松原水産に販売した冷凍蛸は、二か月で合計約一五トン、金額にして約七三〇万円であった。

3  薮内は、平成四年一二月ごろ、控訴人代表者に対し、薮内は、マルエム水産の名義で、横浜冷凍長崎工場に寄託口座を有しているので、ここに冷凍蛸を保管してはどうかとの誘いを持ちかけた。これに対して、控訴人代表者は、従前のように東京や福岡の冷凍倉庫に保管して長崎方面の販売先に輸送することに比べ、保管料の料率が安くなることや、諌早方面の加工業者への配送の手間が省けることなどから、右の申し出を受け入れ、同月一四日から三〇日にかけて、約七〇〇〇ケース、重量にして約二〇〇トンの冷凍蛸を、マルエム水産の名義で、横浜冷凍長崎工場に寄託した。右の冷凍蛸は、右のころ、控訴人が第三者から仕入れて、所有し、他の業者に寄託していたものであった。本件蛸は、右の横浜冷凍長崎工場に寄託された冷凍蛸から、後記4及び7記載の出庫された分を除いた残余の分である。

なお、本件蛸の量程度の大量の冷凍蛸が一度に取引されることは、控訴人としても月に一回あるかないかというものであって、そのような取引は、輸入元に売り戻したり、大きな市場が数か月ないし半年分の原材料を仕入れる場合になされるものである。

また、蛸は、大きさによって号数がつけられており、大きなもの(T五、T六)は、すしねたに加工され、小さなもの(T八、T九)は、たこ焼き用に加工されるなど、その大きさによって用途がある程度限定され、流通経路も決まっているほか、単価も大きさによって異なっている。

4  右の冷凍蛸の寄託名義はマルエム水産であったが、その出庫は、控訴人と横浜冷凍の窓口担当者との話し合いで、控訴人からの出庫指示により出庫するという取扱いとされており、実際にも、平成五年二月までに一〇〇〇ケース余りが、右取扱いの方法により出庫された。しかし、右の出庫の指示の方法は横浜冷凍長崎工場の内部では徹底しておらず、平成五年一月九日には、薮内が、控訴人の指示のないままに、冷凍蛸三九ケースを出庫するということがあり、控訴人は、薮内から二八ケースを戻入させ、その余の一一ケースを松原水産に対する売上として計上した。

右の出来事の後、控訴人は、横浜冷凍長崎工場の担当者に対し、再び控訴人の指示以外では冷凍蛸を出庫しないよう要請し、その趣旨は、同工場の主任にまでは伝わったが、なお、工場長にまでは伝達されなかった。

5  薮内は、昭和六〇年ごろ、大阪にいて、多額の負債を抱えていたところ、負債を一本化するための新たな借入先として、被控訴人を紹介され、被控訴人に対し、蛸の一船買いをして利益を上げると嘘をつき、被控訴人から、平成二年七月二四日に五〇〇〇万円を、同月二五日に一〇〇〇万円を、それぞれ弁済期を平成三年一月末日として借り入れた。

右借入金の弁済期は度々延期されていたが、薮内と被控訴人は、その最終の弁済期を、平成五年二月二八日とすることを合意し、同月二四日、その債務を担保するため、被控訴人のために本件蛸をいわゆる集合物譲渡担保とする旨の、集合物譲渡担保付金銭消費貸借契約公正証書(乙第二号証)を作成し、その旨の契約を締結した。また、そのころ、松原美津代は、満期を平成五年二月二八日とする額面六〇〇〇万円の約束手形(乙第八号証)を振り出し、これを被控訴人に交付した。被控訴人は、前記約束手形(乙第八号証)を第三者に裏書譲渡し、同手形は満期に支払場所に呈示されたが、資金不足により不渡りとなった。

なお、薮内は、前記のとおり、小規模な蛸の加工業を営んでいたものであって、右の六〇〇〇万円の最終弁済期を取り決めた際にも、これを一括して弁済する資力はなかった。

6  前記公正証書の作成に先立って、薮内と被控訴人は、右平成五年二月二四日の午前中に、横浜冷凍長崎工場に行き、在庫報告書(乙第四号証)の発行を求めて、本件蛸の数量を確認し、その寄託名義を被控訴人に変更することを求めた。しかし、その際、横浜冷凍から、平成四年一二月分と平成五年一月分の保管料が未納であると告げられたため、同日の午後に再び保管料を持参して、本件蛸の寄託名義の変更を求め、薮内と被控訴人の連名による冷蔵貨物寄託者名義変更依頼書(乙第五号証)を提出して、右の手続をし、これにより、被控訴人は、指図による占有移転の方法により、本件蛸の占有を取得した。

7  右同日には、同時に、前記寄託されていた冷凍蛸につき、横浜冷凍長崎工場から別途に出庫があり、これは、控訴人が右会社の窓口担当者に指示してなされたものであるが、被控訴人は薮内と共に右出庫に立ち会っていた。本件蛸の被控訴人に対する寄託者の名義変更は、右別途出庫の名義変更と一連のものとして実行された。

8  その後、本件蛸の寄託名義人が被控訴人に移転していることを知った控訴人は、平成五年三月五日に、被控訴人を債務者とする、本件蛸の占有移転禁止の仮処分決定を得、同年七月八日に、本件訴訟を提起したが、同年八月一〇日に、右仮処分決定は、その異議審において取り消された。

また、この間の平成五年七月七日に、被控訴人と薮内との間で、本件蛸の所有権を確定的に被控訴人に帰属させ、清算金を支払わない旨の確認書(乙第二六号証)が取り交され、その旨の合意がなされた。

9  本件蛸の控訴人における帳簿価格は、六六八八万二四七〇円である。

三  以上の事実に基づいて検討する。

1  請求原因(主位的請求)について

前記のとおり、請求原因3の事実は、当事者間に争いがなく、右認定事実によれば、請求原因1、2、5の各事実を認めることができる。

2  抗弁1(所有権の喪失)について

被控訴人は、控訴人は、平成四年一二月ごろ、本件蛸を薮内に売却したと主張し、原審における証人薮内俊司の証言中には、本件蛸は、控訴人との間の通常取引によって買い取ったものである旨、右主張に副う証言部分がある。

しかしながら、右証言部分は、本件蛸の種別や価格について、極めてあいまいであり、その用途や代金の支払方法についても明確に述べていないもので、それ自体、信用性に欠けるばかりでなく、前記認定事実のとおり、平成四年一二月に横浜冷凍長崎工場にマルエム水産名義で寄託された冷凍蛸から、控訴人の指示で出庫がなされている事実や、控訴人は、薮内が控訴人に無断で出庫した冷凍蛸の一部を戻入させ、残余について控訴人から松原水産に対する売上として処理している事実に照らして、信用することができない。他に、右の売却の事実を認めるに足る証拠はない。

3  抗弁2及び再抗弁(即時取得の成否)について

(一)  被控訴人は、本件蛸を占有者たる薮内との間で譲渡担保設定契約を締結して、指図による占有移転の方法により、その占有を取得したから、本件蛸を即時取得したと主張する。

(二)  前記認定事実によれば、薮内は、本件蛸の寄託名義人となることで、本件蛸を事実上占有し、これを、いわゆる集合物譲渡担保として、被控訴人に対する弁済期を平成五年二月二八日とする元本六〇〇〇万円の貸金債務の担保に供し、遅くとも同年七月七日までに、本件蛸を被控訴人に帰属させて清算を了したこと(抗弁2の事実)を認めることができる。

(三) しかしながら、一般に、集合物譲渡担保は、在庫商品、原材料、生産用の機械器具、什器備品類等を担保の目的とし、その営業による収益を期待して設定される担保権であり、また前記認定のとおり、薮内は被控訴人から多額の借入れを受けながらこれを支払わず、度々その弁済期が延期され、長期にわたりこれを延納していたものであるので、決してその経済状況は好ましくなく、逼迫していたことが窺われるものであるから、このような場合、被控訴人が極めて大量で高価格の本件蛸を担保として取得するに当たっては、その担保の実効を期するために、債権者の被控訴人において、目的物の所有権等につき、債務者の帳簿(在庫台帳等)を参照すること等により、相応の調査をすべき注意義務があるものというべきである。ところが、前記認定事実によれば、

(1)  薮内は、たこ焼用とから揚げ用の蛸の加工を主たる業とする小規模な加工業者であって、その一か月当たりの取引高も、数百万円ないし一千数百万円程度であったこと

(2)  本件蛸は、蛸の取引業者として大手に列せられる控訴人としても、それだけの量が一度に取引されることはまれな程の量であり、右のような薮内の通常の蛸の取扱量からすれば、不自然に大量であると考えられること

(3)  本件蛸には、薮内が松原水産の得意先に販売するたこ焼用の蛸の原料となる小さいサイズの蛸だけでなく、すしねた等に加工され、松原水産としては控訴人に買い戻される取引の対象であった比較的大きなサイズの蛸が大量に含まれており、蛸の流通経路がサイズによって限定されていることからすれば、右のような大きなサイズの蛸が松原水産又はマルエム水産の在庫として大量にあることは、その業務内容に照らして不自然であって、当然その所有につき疑問を抱かせる事情であること

(4)  被控訴人と薮内が、本件蛸に譲渡担保権を設定した際には、薮内においては、事前に本件蛸の種別、数量、単価等及び保管料に未納分がある事実を把握しておらず、被控訴人も、本件蛸の数量等を事前に松原水産又はマルエム水産の帳簿等によって確認しないまま、横浜冷凍長崎工場に行き、その場で初めて、本件蛸の数量等を横浜冷凍側の資料によって確認しているものであって、両者とも、極めて大量かつ高価格な物品につき、担保権を設定する際の債権者及び債務者の行動としては、極めて慎重さを欠いているというべきであること

(5)  その上、控訴人が薮内名義で横浜冷凍長崎工場に寄託していた蛸につき、右同日、控訴人の指示で別途出庫がなされたが、右出庫には被控訴人も薮内と共に立会っているものであるから、被控訴人としては、本件蛸は薮内の采配で処分できないのではなかろうかとの疑いを抱くべきであったことの各事実ないし事情が認められるところ、被控訴人は、本件蛸を薮内からの在庫商品であるとして集合物譲渡担保の設定を受けるに当たって、その目的物たる本件蛸が、薮内の事業の規模に比して非常に大量であることや、債務者たる薮内が、本件蛸の種別、数量等を確認しておらず、その上、当時薮内の処分権原に疑問を抱かせる別途の出庫もなされていることなど、薮内が真実本件蛸の所有者であることを疑わせしめる事情があるにもかかわらず、薮内の事業内容や松原水産又はマルエム水産の帳簿類等について何らの調査もせず、横浜冷凍長崎工場の資料によって、ようやく、本件蛸の在庫の種別と数量を確認し得たのみで、当時経済状態が逼迫していると窺われる薮内の説明をたやすく信用し(なお、被控訴人は原審における本人尋問において、横浜冷凍長崎工場長は、当時、薮内は大金持ちで、同人が本件蛸をこれだけ持っていると説明した旨供述するが、右供述部分は、原審証人釘山昭則の証言に照らし信用できない。)、直ちにこれに譲渡担保を設定したのであるから、被控訴人には、薮内が本件蛸の所有者であると信じるについて、少なくとも過失があったといわなければならない。

(四) そうすると、被控訴人が、本件蛸の所有権を即時取得したことを認めることはできない。

4  以上によれば、控訴人は、被控訴人に対して、本件蛸の所有権に基づき、その引渡しを求めることができるというべきところ、前記認定事実のとおり、本件蛸の価額は、六六八八万二四七〇円と認められるから、本件蛸の引渡しの強制執行が効を奏しないときは、被控訴人は、控訴人に対し、本件蛸の代償として右同額を支払うべきであるということになる。なお、右代償請求権は、本件蛸に対する強制執行が効を奏しなかった場合に初めて認められるものであるから、これに遅延損害金を付すことはできない。

四  結論

よって、控訴人の主位的請求は、主文第一1及び2項の限度で理由があり、この限度で認容すべきであるから、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官兒嶋雅昭 裁判官松本清隆)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例